ギャップの架け橋となる 研究所から

Asia Research Newsは同所の女性研究者5名に、彼女らの研究について、そしてなぜKavli IPMUを選んだのか、これまでの同所での経験について話しを聞いた。それぞれ様々な背景を持ち、各分野で卓越している研究者らに、足かせのない女性がいかに飛躍できるかをみせてもらった。

この記事はAsia Research News 2023 magazineに掲載された An institute bridging divides の和訳です。 



物理学や数学の分野は、世界的に女性研究者が少ない。特に日本は、科学や工学に占める日本の女性学生の割合が、経済協力開発機構(OECD)で最下位である。大学一年生の女性学生割合は物理学でわずか16% 、数学で20%だった。1

だが、15周年を迎えたカブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)では、若手の女性研究者たちが生き生きと活躍している。

同所の公用語は英語で、所属している研究者らの半分が海外出身だ。研究所の雰囲気を誰にとっても心地良いものにするため、コード・オブ・コンタクトが設定され、現在、ジェンダーをはじめ、より多彩な研究カルチャーを確立することを目指している。

Asia Research Newsは同所の女性研究者5名に、彼女らの研究について、そしてなぜKavli IPMUを選んだのか、これまでの同所での経験について話しを聞いた。それぞれ様々な背景を持ち、各分野で卓越している研究者らに、足かせのない女性がいかに飛躍できるかをみせてもらった。

マン・ワイ・チュン:数学と幾何学の出会うところ
エリサ・フェレイラ:時を超えた宇宙へ
ジア・リウ:ミニ宇宙シミュレーション
桂川 美穂:通り越して見えるもの
エミリー・ナルドニ:響き合う量子の波紋

 

https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/09636625211002375


マン・ワイ・チュン:数学と幾何学の出会うところ

マン・ワイ・チュンはKavli IPMU初の呉健雄栄誉ポスドクフェローの受賞者だ。

数学者マン・ワイ・チュンは、Kavli IPMU初の呉健雄栄誉ポスドクフェロー(核素粒子物理学に多大な功績を残した中国系アメリカ人の数学者に敬意を示した呉健雄栄誉フェローシップ)の受賞者だ。フェローシップは3年間で、研究費用、給料、その他受賞者自身やその家族が日本に移住するための支援が提供される。

チュンは代数幾何学、組み合わせ論と表現論の相互作用の研究を行っている。主な目標は、クラスター多様体のミラー対称性を達成することだ。ミラー対称性は、ジオメトリ間の双対性、つまり一つの空間から得られる情報が別の空間からも得られる対称性を追求するために数理物理学から発生した。一方、クラスター多様体は、代数学に由来する空間の事を指す。チュンはこの二つの題材の根底にある繋がりを探っている。

彼女は学士号と修士号を母国の香港で取得後、カリフォルニア大学、サンディエゴ大学及びハーバード大学で博士号を取得し、ポスドク時代を過ごした。数理物理学者やデータ研究者と共に研究を行うことで、自身でも数学的構造の問題を解決するためデータ科学を活用するようになった。Kavli IPMU内そして日本中にいる他の研究者との共同作業が可能なことが同所の魅力の一つだった。

チュンは、同所に新たに設立されるデータ駆動型探究センターで自身の研究対象の構造に、データ科学を融合しようと試みている。「これは私の専門分野とは言えないのですが、私の研究対象のクラスター多様体は多くの組み合わせ構造を持ち合わせていて、その重要な特性は、数学者と物理学者が協力すれば理解することができるかもしれない領域なのです」と彼女は言う。

KavliIPMUに来てまだ長くはないが、そのカルチャーに好感を抱いている。「教員は非常に協力的で励ましてくれます。皆、それぞれの分野で卓越している世界的に著名な研究者で、一緒に研究が出来ることを誇りに思います。」


エリサ・フェレイラ:時を超えた宇宙へ

宇宙論研究者エリサ・フェレイラの専門はダークマターとダークエネルギーの根源を探ることだ。

ブラジル人宇宙論研究者エリサ・フェレイラは、女性であるために周りから物理よりも生物学を勧められていると感じながらも、自分のなりたい科学者像をはっきりと持っていた。高校最後の年に担当教員から数学と物理を提案され、フェレイラがこれらの科目に夢中なことに気付いたその教員が、彼女の専攻を専攻希望用紙の提出直前に変更した。

フェレイラの専門はダークマターとダークエネルギーの根源を探ることだ。新しいモデルを開発し、宇宙物理観測や天体観測を使ってそれらをテストしながら宇宙の知られざる95%を占める謎めいた実体の性質の理解に努める。またビッグバン直後の宇宙にも着目し、宇宙の始まりや進化、そして初期宇宙の様子を理解することで近年の観測結果の分析へ活かす。

彼女の宇宙論の情熱は、宇宙に対する興味だけによるものではない。様々な物理学のエリアを橋渡しする学問だからだ。まさに「すべてがすべてに出会う場所」だと彼女は言う。

フェレイラは、Kavli IPMUの学際的で共同作業が旺盛な雰囲気が好きだと言う。これはすべての研究者にとって重要な要素であるばかりでなく、同所の建築構造や精神にも現れている。建物中央のスペースにある大きなテーブルや、そこを取り囲む回廊が会話を誘う。

フェレイラは、科学に関心を持つ若い女性やマイノリティの人々に非常に有害である科学の世界における固定概念と闘わなければいかないと主張する。彼女にとって、たった一人の天才的な科学者像というステレオタイプは間違っている。「科学は共同作業です。集団の努力です。それが成功を導く研究の真髄です。」

「人と話すことや異分野の専門家と同じ環境にいることは、個人的にも私の研究にとっても得るものが多いです。それが、研究で得られる最も素晴らしいことです。KavliIPMUには異なる研究分野の科学者がいて、そこには共同研究を促す文化がある。これらが、私がKavli IPMUを選んだ大きな理由です。」


ジア・リウ:ミニ宇宙シミュレーション

近年ジア・リウはデータ駆動型探究センターのディレクターに着任した。

ジア・リウの宇宙論への道は容易なものではなかった。アメリカでビジネス・マネージメントの学士号と人事マネージメントの修士号を取得した。中国出身で、両親には独立と探求心を奨励された。コンサルティング会社で働き、報酬データの分析を行う傍ら、自由時間に天文学と量子力学について読んだ。そうするうちに、この分野に全力を注ぎたいと思うようになった。

Kavli IPMUではダークエネルギーやダークマター、ニュートリノのような小さい粒子などの宇宙の基本的なパラメーターの理解に焦点を当てた研究を行う。

「初期設定の異なる何百個ものミニ宇宙を使ってシミュレーションを行い、宇宙の初期やどのように進化して今日に宇宙になったのかを理解しようとしています。いくつか(のミニ宇宙)にはダークエネルギーもしくはダークマターの割合を多くしたり、アクティブニュートリノ粒子を入れたものもあります」とリウは話す。「シミュレーションで得られたいろいろの宇宙を比べ、私たちの宇宙と最も近いケースを識別します。こうすることですべてがどう始まったのかが分かるといいなと思っています。」

多くのオファーがあった中でリュウは、自身の教授に言われた「一緒に住みたいと思う場所と食事がしたいと思う人々がいる場所を選ぶべき」とのアドバイスを元にKavli IPMUに籍を置くことを決めた。新しい街とフレンドリーなスタッフに加え、Kavli IPMUでは通常は全く別々に行われている宇宙マイクロ波背景放射と銀河検査のどちらにもアクセスできる。彼女にとって、これがKavliIPMUの魅力の核心だと言う。共同研究、異分野融合そしてリソース豊かなコミュニティだ。

近年リウはデータ駆動型探究センターのディレクターに着任。機械学習などの新しいデータ科学技術を促進していく。そうした技術は、同じデータからより多くの情報を出力できるようになることが期待される。

リウは、機械学習を使って宇宙の働きを裏付けている基本的なパラメーターを調査することに大きな達成感を覚えるという。「この仕事を始めて一年です。センタ―を率いること、研究所内外の同僚と専門域を超えて仕事をすることは真の特権です。Kavli IPMUは多くのポジティブな事柄が交差する場所で、研究者になるにはとても適した場所です。」


桂川 美穂:通り越して見えるもの

桂川美穂は半導体デバイスを使って医療用X線・ガンマ線検出器を開発中だ。

桂川美穂が研究の焦点を天文物理学からX線・ガンマ線検出器を使って身体を調べる核医学へ変えたのは最近のことだ。

Kavli IPMUでの博士号研究では、超新星残骸(大質量星が爆発した後に残るもの)の観測研究を対象とした。そこに発生するX線を調べることで長い期間にわたる超新星残骸の進化過程を観測することができた。

現在、桂川は、半導体デバイスを使って医療用X線・ガンマ線検出器を開発している。使用している機材は、以前の研究で微弱な信号を検出するのに使っていたものと同じだと話す。「高いエネルギー分解能を持つ同じデバイスなのですが、何を見るかが違うんです。医療用画像では微小なものを至近距離で見たいので、画像化システムを改良するために医師たちと一緒に研究を行っています。物理学者として私たちは、機材を開発し実験を率先することはできますが、得られた画像をどう解釈するかには医学の方々の力が必要です。」

自身が使うデバイスが、画像処理や検出、核医学など他分野での応用が可能なことに気が付き始めたのはおそらくKavli IPMUのオープンで共同研究を奨励するやり方のためだろう、と桂川は言う。これからは同分野内でこうしたデバイスのさらなる応用方法について探求していく。


エミリー・ナルドニ:響き合う量子の波紋

理論物理学者エミリー・ナルドニの日々は「場の量子論」をより深く理解するために費やされる。

カリフォルニア州ロサンゼルス出身の理論物理学者エミリー・ナルドニの「目覚め」の時は高校生時代、物理が宇宙やその仕組みについての根源的な問いかけを行なっていることを知った時に訪れた。アメリカの映画スタジオの街ロスアンゼルス・バーバンクで、その業界を目指す人の間で育った。他の人とは違う道を選んだが、協力的な教員らにも恵まれ自分の道を培ってきた。

彼女の日々は「場の量子論」をより深く理解するために費やされる。場の量子論はすべての素粒子や力を、素粒子場の揺らぎと捉える素粒子物理学の言語である。特に、様々な量子場間の波紋が強く相互作用している点に注目している。

ナルドニは、Kavli IPMUは様々な分野から国際的に研究者を引き寄せるユニークな場所だと言う。そこでは多大な量の物理学研究がダイナミックに共同研究で行われている。研究者同士が所属機関を交換する「トラベル・ビジット・プログラム」も同所の強みの一つだ。

「このキャリアのこの時点で、自分の研究プログラムをリードできることを嬉しく思います。独立して自分で操舵することがいい事とされているのはとても素晴らしいことです。」

「しかし何よりも強調したいのは、対面でのやり取り、共同研究と議論が最優先されていることです。建物内のどこにでも黒板があるので、もし私が廊下で誰かと議論をしていて、書き留めておきたいアイデアが生まれた場合、黒板がすぐそこにあるのです。」

 


Further information
角林元子 | [email protected]
カブリ数物連携宇宙研究機構
東京大学