見えない生態系が残した物語を紡ぐ

火山や湖、温泉の物質からは数十億年前に存在した微生物の生態系が見えてくると語るのは、東京工業大学・地球生命研究所(ELSI)の中川麻悠子特任助教。異分野の研究者たちと共に微生物の作り出した成分を解析する傍ら、ラボマネージャーとして国内外の訪問者サポートや最先端の機材の管理などを行っている。

高分解能安定同位体質量分析装置を管理する中川先生。ラボマネージャーとし
て、実験室装置の管理、分析相談や補助を行う他、自身の研究にも活用している。

この記事は Asia Research News 2021 マガジンに掲載されたものです。この記事のマガジン版英語版を読む。ポッドキャストを聴くには上記をクリック。Read this story in English.


Q:先生が行っている微生物の研究からどんなことが分かりますか?

「環境と微生物生態系」をキーワードに、環境と調和した生態系の物質循環の理解を試みています。湖や温泉などの自然環境の調査を行い、その環境に適応した生態系を営む微生物群集の種の組成と、それらの競争・共生関係を、環境物質に含まれる「安定同位体」の比率や遺伝子情報で 解析します。

同位体は地球上の物質を構成する元素の中にある粒子です。それぞれの元素では、異なる重さの同位体が、安定した比率で存在しています。これを安定同位体比と言います。しかし、生物は軽い元素を取りこみやすいので、生物の中の重い同位体元素の割合は、自然環境の中よりも少なくなります。

生物は環境中の元素を取り込み、代謝し、身体を作ります。そして生物は死骸になると、DNAを含む分解しやすい有機物から分解されるため、遺伝情報を堆積岩から取り出すことは難しくなります。しかし、分解されにくい有機物の安定同位体比などの化学的情報は数十億年残ります。残っている有機物がどのような代謝によって作られたのかわかると、当時生息していた生物の様子もわかってきます。

微生物は肉眼では見えないため、試薬を用いて光らせることで顕微鏡観察をしやすくする。「肉眼では透明なのに、顕微鏡写真では星空のようにたくさん表れて、微生物の存在に感動した写真です」と中川先生は語る。

例えば、約34億年前の岩石から有機物の塊が発見されたという報告があります。調べてみると、炭素同位体元素の割合が生物の作る割合に近かったことから、この時代に生物がいたことがわかりました。これらのデータを積み重ねていくことで当時の地球環境や生物の情報を復元する手法を開発できないかと考えています。

特に、初期地球の嫌気環境から現在のような酸素のある環境に変化していった時に、生態系がどのような機能や物質、エネルギーを必要とし、安定かつ効率的に循環させるためにどのように対応していったのかを視覚的・数値的に描くことを目指しています。

Q:なぜ微生物の研究をしようと思ったのですか?

私はもともと生物や自然が好きで、生物がどういうしくみで生きているのかがとても気になっていました。微生物は肉眼では見えませんが、様々な場所で働き、影響を与えています。微生物の働きはとても興味深いもので、自分でもっと理解したいと思い、研究者になりました。

秋田県奥奥八九郎温泉へのフィールド調査にて、温泉から湧き出るガスを採取している様子。

Q:最近の研究結果と、現在行っているプロジェクトついて教えてください

国際共同研究プロジェクトでは、コスタリカの火山域周辺にある噴出口や温泉の地質学的、化学的、生物学的分析を行いました。私は温泉水の炭素同位体比分析を担当し、地球深部から表層へ輸送される炭素循環解析のためのデータを出しました。他の研究機関とのデータと合わせて解析したところ、地球深部から表層へ二酸化炭素が供給されている量がこれまで推定されていた量より大きいことがわかりました。その約90%は炭酸塩として地中に保持され、表層では数%が温泉水中の微生物活動により有機物へ変換されていました。

このような地球深部と表層間の炭素循環は、過去から未来にかけての気候変動解析に重要な要素であり、生物・非生物活動も含めたモデルとして本研究で新しく提案されたものです。

私の研究グループでは、新たな安定同位体比の分析法開発も行っています。そこから得られる新しい同位体比情報によって、これまで判別できなかった分子の生成・消滅過程の議論を行えるようになり、地球上の生命を支える環境条件や、地球外惑星における生命活動の検知等への応用だけでなく、農作物の産地判別や新たな健康・病気診断法など、幅広い展開が期待できます。現在、様々な分野の国内外研究者と共同研究を行っています。

Q:先生にはラボマネージャーの肩書きもあります。研究活動においてラボマネージャーの役割の重要性を教えてください

研究者が研究に集中する時間を得るためには、ラボマネージャー職が必要になりますが、職名の認知度がまだまだ低く、他の職名で代替されている状況です。例えば、現在の日本の大学では、教職員が研究室の運営・実験室の管理・学生の教育・研究活動の全てを担わなくてはならず、多忙な状況にあります。そのため、技術員や研究員が雇用され、それらの業務を補佐する形がとられていると思います。

ELSIのような国際的で複合的な研究所を運営する場合、研究者と同様の専門性を持つラボマネージャーという職名で実験室を管理することは有効だと考えます。

Q:ラボマネージャーとしてどんな経験を得ましたか?

実験室や装置の管理・維持を任されるため、それらを利用する内外の様々な研究員や学生と交流する機会が多いです。自身の専門分野だけでなく、異なる分野からの研究や、装置利用法を相談されるため、新たな利用法やより効率のいい方法に気づいたり、考えられる機会が得られます。そうして始まった共同研究が沢山あります。

一方で、未経験の利用者に対して研究所や実験室の使用ルールを遵守してもらうように確認するところは、難しいと感じます。専門分野が異なるだけでなく、国内外の実験室ルールも異なるため、常識が共通ではありません。しかし、ルールを細かくしすぎると確認する方も利用する方も大変なため、絶対遵守すべき大まかなルールを伝えるオリエンテーションと定期的なミーティングを行うことで対応しています。

Q:ラボマネージャーとしてどんな機材を管理していますか?

私が管理している装置の中に国内で唯一ELSIが保有している最新型の高分解能安定同位体質量分析計があります。この装置は、これまで分析できなかった存在率の小さい同位体分子の計測を可能にします。ただ、新しい装置のため、メーカーのエンジニアと共にメンテナンスや分析法の開発を進めており、最先端の分析装置に携われていることを嬉しく思います。

Q:最も達成感を感じる時と、これまでの教訓を教えてください

分析すること自体が好きなので、成果報告に必要なデータが得られた時、学生と一緒に研究を進めている時や、必要な実験装置や作業を適切に提案したり、成果を出せるように補佐できた時に達成感を感じます。

誰でも達成したいことがあります。その道のりを長く難しく感じ、周りと比較して落ち込むこともあります。ですが、何か進められる環境であれば進めて続けることが大切です。最初は進みが遅いですが、ある段階になると加速します。研究者と交流したり、学生を見て、継続することで成長する過程を実感しました。

ラボマネージャーとして多様な分野・国籍の研究員や学生と関わり、これまでの知識を別の視点から見る機会が増え、新たな展望などに繋げられています。サポートする側ですが、私の研究を進めるための助けも得られています。

異分野融合、国際共同研究、これまで経験のない試料や技術を扱うことには多くの障害がありますが、協力しながら一歩一歩進めることができると学びました。

研究に関する連絡先:

中川麻悠子
[email protected]
東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)
世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)